戦争の記憶が生々しい時代のリアリティと失われた素朴さが感動を呼ぶ『二十四の瞳』
映画『二十四の瞳』の概要
昭和初期、瀬戸内海は小豆島の小さな村、子供たちは本校に通うまでの3年間を岬の分教場で過ごす。その分教場に新しい先生がやってきた。その大石先生は洋服で自転車に乗って分教場にやってくるハイカラな先生だった。もう一人の先生や父兄たちはそんな先生をなかなか受け入れようとしないが、とうの大石先生は子供たちに明るく接し、子供たちも先生を受け入れていったが…
映画化の2年前に書かれた壺井栄の小説の映画化。戦争の記憶が生々しい時代には人々の心に迫る感動作である。今見てもその叙情的な物語は感動を誘わずにはいない。
1954年,日本,152分
監督:木下恵介
原作:壺井栄
脚本:木下恵介
撮影:楠田裕之
音楽:木下忠司
出演:高峰秀子、天本英世、笠智衆、浦辺粂子、田村高廣、月丘夢路、浪花千栄子
感動の裏にある戦争の現実
この映画の物語はすごく「いい」物語である。それはもちろん原作がすばらしく、そして面白く、感動的であり、映画はそれを非常に忠実に映画化しているから映画も感動的な物語になる。まだ戦争の記憶が生々しい時代、その時代に戦争を振り返り、そこで味わったつらい経験を思い出させる。そのような映画がその時代の人々に受け容れられないはずがない。と思う。そして、その記憶が生々しいことで、今見ても非常に感動的である。出演者やスタッフが自らの経験を思い出しながら、映画を作ったのかどうかはわからないが、いまだ戦争の記憶が尾を引いている時代の空気のようなものがフィルムに刻まれているような気がするのだ。
戦争についての描き方はオーソドックスであり、かつ極度のヒロイズムは抑えられていて、味わい深い。基本的には戦争に対して不賛成というか、戦争そのものの悲惨さを嘆くという内容だが、主人公たる大石先生がそれを声高に叫び、ある種のヒロインになるわけではなく、彼女もまた戦争に翻弄される一人の女でしかないというところがこの物語の非常にいい点であると思う。それが物語をリアルに感じさせ、非常に叙情的であるにもかかわらず、わざとらしくない感動を呼ぶのである。
能弁に語る「歌」
物語を離れて、映画としての(原作に付け加えられて部分の)特徴を見てみると、この映画は「歌」の映画である。映画のほとんど全編にわたって歌が流れ、その歌はセリフよりも能弁にスクリーン上の出来事を、登場人物たちの心理を語ってしまう。
典型的なのは、歩いて大石先生のところに向かうことにした子供たちの歌う唱歌である。別に実際にスクリーン上の子供たちが歌っているわけではないが、同じ歌が子供たちの心理に合わせて変調する。出発してすぐは明るく、歩きつかれて泣きべそをかくころには、マイナーにチェンジして暗く歌う。この非常にわかりやすい例によって、この映画は明確に歌の映画であることを示す。
だから、映画も後半に差し掛かって、画面が転換するとともに軍歌(ではないかもしれないけれど出征者を励ますような歌)が流れ出すだけで、その画面の底流に流れる人々の感情が伝わってきてしまうのだ。
このやり方によると、観る側も否応なく感情を動かされ、ある種の暴力にもなりうるわけだけれど、この映画ではそれを情緒的に使うことによって、物語の叙情度合いを高め、結末に向かって観客を映画に引き込んでいくのに効果的に使っている。
50年で失われた「素朴さ」
そのようにしてこの映画は、見事に時代にマッチし、大ヒット作となったわけだが、今この作品を見ると、どのような感想を持つだろうか。
もちろんそれは人それぞれ違ってくるのだろうが、私が気になったのは、この映画に描かれている失われてしまった「素朴さ」である。この映画に出てくる子どもたちはとにかく素朴である。親たちも偏見に凝り固まっているということはあるものの基本的には素朴な人たちである。このような完璧な「素朴さ」というものは今の日本では完全に失われてしまったのではないかと思う。
その素朴さはいったいどこに行ってしまったのか。もちろんそれは高度経済成長による市場経済化によって失われてしまったわけだけれど、どこに行ってしまったのか? もう完全に消え去って取り戻せないものになってしまったのだろうか?などと考える。
それは生きることのできなかった時代へのノスタルジーだろうか、それとも今の時代に生きるものに必然的なメランコリーだろうか。
冗長となる一歩手前のゆったりとしたテンポの映画にはそのような余計なことを考える時間がたっぷりと用意されている。
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