本当の愛はどこにあるのか『パリ、ただよう花』が掘り下げる愛と情欲の始原

本当の愛はどこにあるのか『パリ、ただよう花』が掘り下げる愛と情欲の始原

現代中国の奇才ロウ・イエ監督がパリを舞台に愛とは何かを問うた恋愛ドラマ。前作から引き続き様々な愛の形を描くことで、愛の本質とは何かを問い続ける。

映画『パリ、ただよう花』の概要

恋人を追って北京からパリにやって来たホアだったが、すぐに恋人に別れを告げられる。本来の目的である勉学に打ち込もうとした矢先、ホアは建築工の男マチューと出会い、強引なアプローチに負けて付き合い始める。ホアもマチューに惹かれ始め、二人は貪るように体を重ねる…

2006年『天安門、恋人たち』で5年間の製作禁止処分を下されたロウ・イエ監督の禁止処分が解かれて最初の作品。原作はリウ・ジエの小説『裸(naked)』。

花 Love and Bruises
2011年/フランス=中国/105分
監督:ロウ・イエ
原作:リウ・ジエ
脚本:ロウ・イエ、リウ・ジエ
撮影:ユー・リクウァイ
音楽:ペイマン・ヤザニアン
出演:コリーヌ・ヤン、タハール・ラヒム、ジャリル・レスペール

ホアはなぜ情欲に溺れるのか

ここまで一貫して「愛」と「欲」をテーマにして作品を作ってきているように見えるロウ・イエ監督が、舞台をパリに移してまた愛について描いた。

主人公のホアは、北京で知り合ったフランス人の恋人を追って(留学という名目で)パリにやって来るが、ついてすぐに「もう愛していない」と言われて別れを告げられてしまう。ホアは「最後に一度だけ抱いてほしい」というがそれも拒否される。

その直後、建築工のマチューに出会い、迫られる。最初は拒否していたホアだが、マチューに強引に「やられる」と、マチューを受け入れ、二人は会うたびに激しく求め合うようになる。

インテリに激しく反発するマチューがインテリの留学生のホアと付き合っていることで起きる軋轢や、嫉妬心と独占欲が強くカッとしやすい性格のマチューが起こす騒動に「なんでこんな男と付き合うんだ?」と疑問を抱かざるを得ず、その思いはマチューの友人のマッチョ男ジョバンニが登場することでさらに強まる。

でもここにロウ・イエ監督が描きたいものの核心があるように思う。「愛し合う」上では価値観や環境の一致は必要な条件のように思えるが、ことセックスという意味での「愛し合う」場合にはそんなことは関係なくなる。肉体的に相手を求めるかどうかは、文化的な相性とは無関係で、それは本能というのか肉欲というのか情欲というのかわからないが、どこか原始的な感覚によるものなのではないだろうか。

冒頭でもほのめかされているがホアには中国に婚約者がいて、それにも関わらず恋人を追ってパリにやって来た。それは、ホアは「文化的な愛」を中国において、「原始的な愛」を求めてフランスにやって来たことを意味する。ここには中国がホアにとって生まれ育った場所、自分の文化的背景であることが関係しているかも知れない。それに対してフランスは自分の文化とは切り離された場所であり、「素の人間」になれる場所なのかも知れない。

ロウ・イエは、ホアという一人の女性の中に存在する様々な形の愛を描くことで、愛の本質とは何なのかを私たちに問おうとしているのではないか。私たちが「愛」と呼ぶものの実体がなんなのか私たちはわかっていない。ロウ・イエは「これも愛だろう?」「これは愛なのか?」と問いかけることで、私たちに愛の本質について考えさせるのだ。

もちろんそこに答えはない。

マッチョは原始の価値観か?

マチューの場合はインテリに対する激しい反発からもわかるように、自己評価が低いと言うか劣等感を抱えていて、自分が力で支配できる相手を求めているようにも思える。後半に出てくる実家のシーンからもわかるが、それは彼の育ってきた環境によるところが大きい。マチューの父は炭鉱夫で、いわば底辺の肉体労働者、男はマッチョであることが良しとされる世界でマチューは育った。

でもパリのインテリにはそんな価値観は通用しない。

だから力でねじ伏せられることを良しとする女性を探し、ホアの中にそれを見出す。そこには ヨーロッパの男性がアジア女性に抱く従順だったりするイメージがあるのではないか。

そう考えると、ホアの「原始の愛」は実は原始でもなんでもなく、「女は男に従うもの 」という古い価値観が意識下に埋め込まれたものなのかもしれない。

重層的に重ねられた「文化」は私たちの原始的な感覚を見えなくしてしまった。ホアはパリで「素の人間」の出会うことなどできない。そこで出会うのは古臭い価値観に染まった前時代のアジア人でしかない。

だからこそロウ・イエは愛を掘り下げる。愛と情欲を掘り下げていくことで人間の本質が見えてくるような気がするから。答えは決して出ないだろう。でも、様々な愛の形を描くことで少しずつ本質に近づいていっているのではないか。それ自体も文化的虚構に過ぎないかも知れないが。

『パリ、ただよう花』が見られるVOD

映画『パリ、ただよう花』が見られるVODは以下の通りです(2020年5月現在)。

2,189円/月
31日間無料

UPLINK Cloudの60本3ヶ月見放題でも見ることができます。

https://vimeo.com/ondemand/uplink60/398778433

『パリ、ただよう花』の次に見るべき映画

ロウ・イエ監督の作品群をぜひ。

ロウ・イエ監督作品リスト