湯浅政明監督『夜は短し歩けよ乙女』の時間の謎と荒唐無稽な面白さ

湯浅政明監督『夜は短し歩けよ乙女』の時間の謎と荒唐無稽な面白さ

2017年の作品で、湯浅政明監督の長編第2作。京都を舞台に不思議な一夜を過ごす「先輩」と「乙女」と周囲の人々を描いた。原作は『四畳半神話大系』と同じ森見登美彦で、

見てもよくわからなかったという方は『四畳半神話大系』を見ると、少しは分かるようになるかもしれませんし、わからなくてもそのほうが楽しめると思います。

映画『夜は短し歩けよ乙女』の概要

大学生の「先輩」はクラブの後輩の「乙女」に一目惚れ、なるべく彼女の目に触れようとする“ナカメ作戦”でじっくり彼女にアプローチしようと考えている。大人の世界を体験したい「乙女」は、友人の結婚パーティーの会場を出ると夜の先斗町を探索し始める。そこで奇妙な人達と出会い、一夜のうちに夏の古本市、秋の学園祭を経験する。

森見登美彦の同名小説を湯浅政明がアニメ映画化。脚本はヨーロッパ企画の上田誠が担当。TVアニメーションシリーズ『四畳半神話大系』と同じ原作、脚本、監督で登場人物などにも共通点がある。声優は「先輩」が星野源、「乙女」が花澤香菜など。

監督:湯浅政明
原作:森見登美彦
脚本:上田誠
キャラクター原案:中村佑介
総作画監督:伊東伸高
撮影監督:バティスト・ペロン
音楽:大島ミチル
声の出演:星野源、花澤香菜、神谷浩史、秋山竜次、中井和哉、甲斐田裕子

若者の時間と年寄の時間

この映画の設定は一夜のうちに季節が移り変わるという非現実的なものですが、登場する誰もそれに疑問は抱きません。ただ「長い夜だ」というだけ。これはなにかのメタファーなのか、それともこの現実ではなくそういう世界を描いているのか。

疑問を感じる人もいるかも知れないので、すこし考えてみましょう。この映画の途中で若者と年寄で腕時計の進み方のスピードが違うことを示す描写が出てきます。加えて、老人の李白が映画の終盤で乙女にあったとき、「十何年経ってもあなたは変わらない」といい乙女はそれに「数時間しか経っていない」と答えます。

このことが示すのは、年令によって時間の過ぎ方が違うということ。乙女にとっての長い夜は李白にとってはあという間の十数年であるということです。ただ、このことは映画の意味には特に影響を与えないので、まあ考えても仕方のないことなのかもしれません。

光陰矢のごとし

ただ、全体として大学生の主人公たちにとっての1年が刹那的な時間に過ぎないということは言っているような気がします。体感としては長いけれど振り返ってみると一瞬だったというようなそういう感慨を描いているような。

この映画の中に「いのち短し恋せよ乙女」と歌う歌が登場します。この歌はもともとは大正時代に松井須磨子という舞台女優が歌った「ゴンドラの唄」。名曲として歌い継がれていて、私がこれを聞いて思い出したのは黒澤明監督の『生きる』でした。主人公を演じた志村喬がこの歌を歌うのです。

「いのち短し恋せよ乙女」という言葉はタイトルの「夜は短し歩けよ乙女」の発想元となっていることは想像に難くありません。つまりこの映画は全体として「光陰矢のごとし」ということを言っているのではないでしょうか。

(C)森見登美彦・KADOKAWA/ナカメの会

人の頭の中を覗き込む感覚

そのうえで、この映画が描こうとしていることは何なのか。

全体を見るとナンセンスの塊にしか見えません。描かれているエピソードにはほとんど意味がない、荒唐無稽なファンタジーが連なっているだけのように見えます。

例えば古本市の神だという子どもが起こす出来事(蒐集家が集めた稀少本が古本市の会場に飛んでいく)は圧倒的に荒唐無稽で間違いなくファンタジーです。でも、その目的(蒐集家の手から本来持つべき人に稀少本を解放する)はわかりますし、結果もハッピーなもの。だからエピソードとしてはいいエピソードだなと思うのです。

そして、このエピソードは主人公の先輩にとっても乙女にアプローチするための手段を手に入れるという大きな意味があります。

つまりこのエピソードは目的と結果はごく普通なのに、その過程が荒唐無稽なファンタジーであるということです。これはほかのあらゆるエピソードにも当てはまります。それはなぜなのか考えると、そこにこの映画のもう一つの大事な要素、心象風景の表現が出てきます。

この映画が荒唐無稽に見えるのは、そのほとんどが誰かの心象風景であり、大きく誇張された表現であるからです。現実はそうではないけれど、感覚的にはそれくらいに感じる、それを絵で表現した、そうすると荒唐無稽に見えてしまった、そんな感じなのだと思います。極端に省略された描写もそれを後押しします。現実ではなく記憶や印象を描いているのだと感じさせるのです。

なので、人の頭の中を覗き込むくらいの感覚で見るとこの映画は面白くなってきます。バカバカしくてナンセンスで、でもなんだか魅力的なそんな世界、それがこの映画の面白さなのです。

(C)森見登美彦・KADOKAWA/ナカメの会

『四畳半神話大系』で面白さ倍増

この作品は『四畳半神話大系』と同じ原作者で、主人公の「先輩」と「私」、「乙女」と「明石さん」もほぼ同じ。共通する登場人物もたくさんいます。そして設定や世界観も一部共通しているので、『四畳半神話大系』を見てから見ると面白さが倍増する気がします。

映画を見ながらこの「キャラはどう出てくるのだろうか」とか、「同じ人物だけどここが違う」とか考えながら見ることでより入り込めるように思えます。

『四畳半神話大系』はパラレルワールドを描いた作品で、この『夜は短し歩けよ乙女』と『四畳半神話大系』もパラレルワールドのようでもあります。独立した別の昨日ではありますが、あわせてみることで「時間」についてより深く考えられるようでもあります。

見ていない方はぜひそちらもご覧ください。レビューはこちらから。

『夜は短し歩けよ乙女』が見られるVODは

映画『夜は短し歩けよ乙女』が見られる動画配信サービスはこちらからご覧いただけます。