湯浅政明監督『四畳半神話大系』はノスタルジーとカタルシスを感じられる秀逸なSFアニメ
湯浅政明監督のTVアニメシリーズ『四畳半神話大系』は、京都の下宿「下鴨幽水荘」に暮らす大学三回生の「私」の2年間を描く物語。毎回、一回生の時に選ぶサークルが異なり、それによって違った2年間を過ごすことになるというパラレルワールド(並行世界)SFになっています。
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アニメ『四畳半神話大系』の概要
原作は森見登美彦による2005年の同名の小説で全4話。アニメシリーズは全11話で、原作を再構成して10パターンの並行世界を描いています。2010年にフジテレビの「ノイタミナ」枠で放送されました。
湯浅監督が手掛けるTVシリーズとしては3作目、前作の「カイバ」に続いてSF食の強い作品になっています。設定は京都にある大学と古ぼけた下宿で、展開される物語も大学生の当たり前の日常でありながら、同じ年月が毎話繰り返されることで意外な展開を呼んでいき、どんどん引き込まれていくという仕掛けになっています。
並行世界を描くSFであるにも関わらず、絵柄や世界観がノスタルジックというのも面白いところ。
原作:森見登美彦
監督:湯浅政明
脚本:上田誠、湯浅政明
キャラクター原案:中村佑介
撮影監督:石塚恵子
音楽:大島ミチル
声の出演:浅沼晋太郎、吉野裕行、坂本真綾、藤原啓治、甲斐田裕子、諏訪部順一
プロローグとしての第1話と反復の面白さ
1話目は、「私」がテニスサークルに入るが馴染めず、小津という「妖怪のようなやつ」に出会い、人の恋路を邪魔するようになるという物語。小津という妙ちくりんなキャラクタはーいるものの、ちょっと変わった学生生活以上のもではなありません。
しかし、この1話目の最後に「ほかのサークルを選んでいたら」という後悔の念とともに時間が巻き戻ることで本当に物語が始まるのです。そして、あとのエピソード見てから1話目を振り返ると、小津はもちろん、1年後輩の明石さんとの約束と恋心、樋口師匠という存在など2話目以降で重要になってくるキャラクターとエピソードがたっぷりと盛り込まれていたとわかります。
第2話目からは1話目と同じ時間を別のサークルに入って経験していきます。別のサークルに入り別のことをするものの、登場人物は毎回ほぼ同じ、小津、明石さん、樋口師匠、そこに城ヶ崎先輩、羽貫さんなどほかのキャラクターが増えていく展開です。
1エピソードを取り出してみると第1話とそれほどかわらないちょっと変わった学生生活以上のものではないのですが、ここに反復が加わることで面白さが増していきます。反復要素は、占いの老婆や、もちぐまん、カステラ、猫ラーメン(見ていない人はなんのことやらわからないと思いますが)など、ほぼ毎回登場する要素が数多くあります。
なぜ反復によって面白さが増していくのか。それはこの反復要素のそれぞれが少しずつ変化していくからなのです。いちばんわかりやすいのは老婆の占い料、最初が千円で千円ずつ値上がりしていきます。明石さんとの出会いのエピソードも毎回少しずつ変わっていきます。反復要素が少しずつ変化していくというのは見る側に予測をさせておいてそれをすこし裏切る行為の繰り返しです。
これによって見る人は、今度はどんな変化を見せてくれるんだろうというワクワクをいだき、結果的に安心と驚きの両方を得ることができます。これを面白いと感じるのです。この作品はそのずらし方が絶妙で、私もそれで引き込まれてしまいました。
時間は繰り返しても経験は積み重なる
時間を従来どおり直線的なものだと考えると、この物語は1話ずつが独立した時間線をたどり、どのサークルを選ぶかという分岐以降は交わらない事になっているはずです。つまり1つのエピソードの経験が他に影響することはないはずなのです。
しかし、「私」はそれまでのエピソードの影響を一部受けています。そして、それは第2話で早くも示されます。占いの老婆の言葉に「私」は「前にも聞いたことがあるような」という反応をし、2000円という値段に「値上がりしてませんか?」という反応をします。これはそれぞれの時間線が完全に独立しているわけではなく、ある意味では1話から重なり合いながら進んでいく螺旋のような時間がここで進んでいることを示しているのです。
それはこの物語が結局ひとつの物語であること、「私」がバラ色の学生生活ないしは、明石さんとの幸せな結末を手に入れるためにトライアンドエラーを繰り返す物語であるということです。
まあ見る側からはもともとそう見えるので、設定でもそうですよということを老婆のエピソードで説明しているとも言えるかもしれません。
そうして5つのエピソードを積み重ね、第6話から8話は3つのサークルに同時に所属した場合というパターンで展開され、第9話からの3話で物語のまとめに入ります。
伏線を回収しまくる最後の3話の秀逸さ(ネタバレあり)
第9話はなんのサークルにも入らず、学生生活のほとんどを四畳半の部屋で過ごすという設定。それが突然、部屋を出ても同じ四畳半の部屋があるという迷宮に迷い込むことになります。そして「私」はパラレルワールドの存在に気づくのです。
ループを伴うタイムリープもののSFではこのパラレルワールドをどうまとめるかが、物語全体を納得感あるものにできるかに大きく関わってきます。「なぜ」の部分はおいておいても、それぞれの時間線がある意味を感じられないと結末にカタルシスを味わえないのです。
その部分でこの『四畳半神話大系』はすごくて、最後の3話でそれまでに仕込まれていた伏線をどんどん回収していき、みるみるうちにひとつの物語としてまとまっていきます。
その中には小津のキャラクターや、猫ラーメンをはじめとする「最初の登場では意味がわからなかったもの」の意味を明らかにしていくことが含まれています。
最後まで見てみてみると、ほぼバッドエンドだったそれぞれのエピソードに意味があり、どの時間線をたどっていたとしても無駄ではなかったと言うか、トライアンドエラーの尊さのようなものを教えてくれる気もします。
そして、登場するキャラクターたちがみんな愛おしく見えてきて、最後は「いい話だったな」とも思うのです。それもエピソードを重ねることで、彼らの本質が見えてくるからではないでしょうか。
余談ですが、このアニメを最後まで見て、もしかしたら自分自身も覚えていないだけでこういう螺旋の時間を過ごしてきたのかもしれない、宇宙や時間の原理なんてそれくらいわからないものなのではないかとも思いました。SFってそういうところが面白ですよね。
エピソード一覧
- テニスサークル「キューピット」
- 映画サークル「みそぎ」
- サイクリング同好会「ソレイユ」
- 弟子求ム
- ソフトボールサークル「ほんわか」
- 英会話サークル「ジョイングリッシュ」
- サークル「ヒーローショー同好会」
- 読書サークル「SEA」
- 秘密機関「福猫飯店」
- 四畳半主義者
- 四畳半紀の終わり
『四畳半神話大系』が見られるVODは
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