黒澤明『赤ひげ』で三船敏郎が示した人情と虚勢
健康飲料のTVコマーシャルでもおなじみの三船敏郎演じる「赤ひげ」が主人公の人情時代劇。この作品を最後に三船敏郎と黒澤明は決別したが、さすがのコンビネーションに加山雄三を加えて、最後を飾るにふさわしい作品とも言える。
映画『赤ひげ』の概要
顔を出すだけのつもりで小石川療養所にやってきた長崎帰りの若い医師・保本登は自分がそこで見習いとしてはたらくことになっているのを知る。しかし貧困にあえぐ庶民ばかりを見るその療養所にだまされて入れられたことに反発した保本は赤ひげと呼ばれる療養所の医師に反抗し、何もしようとしなかった。しかし、そのとき療養所の離れに閉じ込められている狂女が脱走する事件がおき…
エリートであることを鼻にかける若い医師と世間的には報われないながら地道に人のためになる医療活動をしている医師の出会い、衝突、和解を描いた物語。よくある話ではあるが、見せるところは見せる。それが黒澤。
1965年,日本,185分
監督:黒澤明
原作:山本周五郎
脚本:井出雅人、小国英雄、菊島隆三、黒澤明
撮影:中井朝一、斎藤孝雄
音楽:佐藤勝
出演:三船敏郎、加山雄三、山崎努、団令子、江原達怡
三船敏郎と黒澤明の最後の作品
この映画は「休憩」というクレジットが出る休憩時間をはさんで前半と後半に分けられる。物語としても前半と後半に明確に分かれるといえるだろう。そしてどちらを評価するかは見る人によって分かれるようだ。いわゆる黒澤的という感じがするのは前半で、リアリズム的な描き方でさまざまな庶民の人生を写し取っていく。その主役となる山崎努と藤原釜足はなかなかいい物を作っていて、「死」というテーマをうまく、リアルに展開している。そこでは脇役となる加山雄三も稚拙さは否定できないもののなかなかいい。
しかし、黒澤の真意はおそらく後半にあるとおもうし、私は後半のほうが好きだ。とくに少女おとよは後半の主役として非常にいい役割を果たす。この映画で一番よかった、というかうなったのは、看病のため保本(加山雄三)がおとよを自室に連れ帰ったシーンのライティングだ。画面右手前にいる保本はろうそくの明かりで照らされ、灯りの中にいるように見えるが、画面左奥にいるおとよは黒いシルエットとして示され、眼だけがスポットで明るく光る。それは野獣のようであり、シンプルにわかりやすくおとよのキャラクターを表現する。どう照明をあてているのかはわからないが、ほの明るい中に真っ黒い人影として提示されるおとよの姿は非常に印象的だった。
その後半にこめられた黒澤のテーマはおそらく「生」だ。黒澤はもともとセンチメンタルな映画作家だと思うが、この作品ではそのセンチメンタルさが前面に押し出されている。人間が生きるために必要なものは愛だとでもいいたげな赤ひげの好々爺ぶりはそれまでの三船の激しさとは異なっているように見える。しかも、この作品を境に三船は黒澤と決別してしまった。しかし、私はこの作品以前も三船が主人公として演じるキャラクターは赤ひげ的なものだったと思う。ただ、虚勢によってそれが覆い隠されていただけで、年を経るとともにその虚勢がはがれてきたということだ。しかし、その虚勢こそが三船のキャラクターの面白みであり、『七人の侍』の菊千代や『用心棒』の三十郎が魅力的に見えた秘密なのだ。
加山雄三の甘ったるさ
だから私にはこの赤ひげというキャラクターは(保本が惚れ込むほどには)魅力的に見えないし、だからこそドンと主役をはらせることはせず、加山雄三と主役二本立てという感じにしたのだろう。あるいは主役である加山雄三を支える準主役という役まわりにしたのだろう。
このことは、この映画の後半が前半より魅力的であることの理由にもなっている。つまり、前半では主役たる加山雄三=保本が映画に深くかかわってこない。準主役である人たちが主役を映画に引き込もうと懸命になっているさまを描いているだけなのだ。後半になり、加山雄三が本格的に物語にかかわってくることでこの映画ははじめて映画になりうる。だから前半部は長すぎるプロローグと、一本の映画としてのプロットとはあまり関係のないサブプロットの集積に終始してしまっていると考えざるを得ない。
でもやはり、後半部を盛り上げるためには前半部は必要で、私はこれはこれでよかったのだと思う。あまり表面に出てくることのない黒澤の甘ったるさが前面に出ているという点でも面白いし(黒澤自身が虚勢を張っているのかもしれない)、現代性のある時代劇という点でも黒澤らしさが出ているといえる。
『赤ひげ』を見られるVODは
『赤ひげ』を見られるVODには以下のものがあります(2020年1月現在)。
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