『誰も知らない』は実は少年・柳楽優弥のドキュメンタリーである

『誰も知らない』は実は少年・柳楽優弥のドキュメンタリーである

『万引き家族』でカンヌ映画祭パルムドールを受賞した是枝裕和の長編第3作で柳楽優弥がカンヌ映画祭で史上最年少(当時)で男優賞を受賞した作品。

実際にあったネグレクト事件をモチーフに、家族を描いたヒューマンドラマ。

映画『誰も知らない』の概要

新しいアパートに引っ越してきたけい子と明の親子、引越しが終わって、スーツケースから弟と妹が、そして電車でやってきたもう一人の妹。彼らはそれぞれ父親の違う4人の兄弟、母親は留守がちで明が兄弟の面倒を見て、彼らは学校にも行っていない。そんなある日、母親がしばらく留守にすると言って、お金を置いて出て行ってしまう…

是枝裕和が1988年に実際に起きた事件をモチーフに、極限に追い詰められた子供たちをリアルに描いたヒューマンドラマ。カンヌ映画祭で柳楽優弥が史上最年少で男優賞を受賞して話題に。

2004年,日本,141分
監督:是枝裕和
脚本:是枝裕和
撮影:山崎裕
音楽:ゴンチチ
出演:柳楽優弥、北浦愛、木村飛影、清水萌々子、YOU、韓英恵、平泉成、タテタカコ、加瀬亮、木村祐一、遠藤憲一、寺島進

映画のスリルと基づく事実

この映画は劇的に始まる。ふたりの子供がスーツケースを持って電車に乗っている。そのひとりのTシャツはぼろぼろで、映画の設定を知っていれば、それが子供たちだけで長い時間を過ごした後の出来事であることは想像がつく。つまり、それは物語の終盤の出来事であるはずだということだ。

そのようにして物語の行き先が設定され、さらに最初の引越しのシーンでスーツケースから子供が出てくるのを見れば、その最初のシーンの意味は明らかになる。そしてそのシーンに向けてドラマは展開されていくので、そこにはドラマティックな物語があるということになる。

是枝裕和といえば、TVドキュメンタリー出身で、前2作ではドキュメンタリー的な手法を使ってスリリングな映画を撮ってきた。それはドラマではあるけれどある意味で同時にドキュメンタリーでもあった。それを生み出したのは画面に張り詰める緊張感であり、生々しい役者たちの演技であった。特に『DICTANCE』はダイナミックな役者たちの動きにカメラが翻弄されるように、映像に勢いがあった。それによってもたらされるのは結末に向ってどんどん高まっていく緊張感であり、結末・展開のわからない予測不可能性であった。

「ドキュメンタリー的」からの脱却

この『誰も知らない』では、結末を予告することでその予測不可能性を意図的に奪ってしまう。事実に基づいているということは、その段階ですでにその事件を知っている人にとっては予測不可能性はなくなっているということだが、それを観る人すべてに当てはまるようにする。それがこの映画の展開の仕方の意図であると思う。それでもそこまでにいたる展開はわからないので、1つの物語としての面白みは残るわけだが、予測不可能性はなくなってしまう。つまり、ドキュメンタリーからは距離をとったということを意味する。

そしてさらにドキュメンタリーから距離をとる要素が、固定ショットの多用である。この映画が事実を題材にしているにもかかわらずドキュメンタリー的な感覚を与えない理由は、この映画のショットの多くが固定カメラによって撮られていることにある。ドキュメンタリーといえば、ハンディなカメラで予測のできない動きをする被写体を追うために、カメラが移動する(つまりフレームが移動する)ことが多くなる。ドキュメンタリー的といわれるフィクションもそのようなやり方を多く使い、『DISTANCE』もまたそのやり方をおし進めていた。

この映画はそのようなカメラの動きという要素も基本的には配して、さらにドキュメンタリーから距離をとる。

つまり、この映画は映画の作り方からすると全くドキュメンタリーではないのである。完全に計算されたドラマ、完全に構築されたフィクションである。ただ事実をもとにしたというだけではドキュメンタリーになるはずはなく、この映画はドキュメンタリーでは全くない。

柳楽優弥という少年のドキュメンタリーとしての面白さ

しかし、この映画は面白い。しかも、完全に構築されたフィクションとして面白いというのではなく、ドキュメンタリー的に面白いのだ。そしてその面白さこそが、この映画がカンヌ映画際で監督賞ではなく男優賞を取った理由でもある。

この映画が面白いのはこの映画がひとつのフィクションとしてのドラマであると同時に、柳楽優弥という少年のドキュメンタリーであるからなのではないかと思う。

カンヌ映画祭で男優賞を取ったという情報を得てからこの映画を観たときに、映画の最初ではどう考えても妹の京子を演じる北浦愛のほうが演技は上手で、ドキュメンタリー的なリアルさというのを体から発しているように見える。それに対して明を演じる柳楽優弥はセリフも棒読みのたどたどしい少年にしか見えない。

しかし、映画が展開していくにつれ、柳楽優弥は明という劇中の人物像にどんどんとはまっていく。それは演技がうまくなっていくというのではなく、どんどんリアルになっていくということだ。そして、それは兄弟の中でただひとり外に出て、外の世界と接している明の成長していく姿と見事にシンクロしているのだ。明という人物像がどんどんリアルになっていく過程と、明というキャラクターが自立していく過程、そのふたつの過程が見事に「子供の世界」を切り出しているといえる。

そして、この映画が最初からそのような物語、つまり柳楽優弥=明の成長物語として意図されていなかったであろうところにドキュメンタリー性を感じるのだ。

結局、是枝裕和は今回もドキュメンタリー的な映画を撮ったということになる。それはフィクションの中にドキュメンタリーの要素を取り込んでいくというのとではあるが、これまでとは全く違う方法でそれを実現することによってさらにドキュメンタリーとフィクションの境界を曖昧にしていくのだ。 この映画はつまり、「映画とはすべてドキュメンタリーである」と宣言しているようなものなのかも知れない。

『誰も知らない』が見られるVODは

映画『誰も知らない』が見られるVODは以下のとおりです(2020年3月現在)。

2,189円/月
31日間無料
誰も知らない定額見放題
500円/月
30日間無料
誰も知らない定額見放題
888円/月
1ヶ月無料
誰も知らないレンタル
2,659円/月
30日間無料
誰も知らないレンタル

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