黒澤明と三船敏郎の初タッグ『酔いどれ天使』は時代を描いた人間ドラマ

黒澤明と三船敏郎の初タッグ『酔いどれ天使』は時代を描いた人間ドラマ

黒澤明がほぼ新人の三船敏郎をはじめて主演に迎えて撮った野心的なドラマ。終戦直後の混沌とした時代を舞台に、三船は若いヤクザものを演じ、志村喬が医者を演じた。

映画『酔いどれ天使』の概要

闇市近くの薄汚れた建物に医局を構える眞田医師、そこにしゃれた風体の男がやってくる。男は手を打たれており、手から弾丸をとりだすが、咳が気になった眞田医師は結核の診察もして、その男に「肺に穴が開いている」と告げると、男はいきり立って医師に殴りかかってきた…

無類の酒好きで毒ばかり吐く医師とぎらぎらした眼でその土地の顔にのし上がった若いやくざ。黒澤明がほぼ新人の三船敏郎を主役に抜擢し、終戦直後の混沌とした時代を描いた作品。『野良犬』対置してみると、当時の黒澤の世の中の見方がわかるかもしれない。

1948年,日本,98分
監督:黒澤明
脚本:植草圭之助、黒澤明
撮影:伊藤武夫
音楽:早坂文雄
出演:志村喬、三船敏郎、小暮美千代、中北千枝子、山本礼三郎、千石規子

黒澤明の「若さ」を感じる

三船は本当に新人とは思えないほどすばらしい。やはり全体に荒さは感じるものの、その荒さというのが時代性や松永というキャラクターにマッチしていて非常にいい。この作品を機に20本以上の名作を生み出したわけだから、黒澤の役者に対する眼力は相当なものだったのだろう。

しかし、一方でこの映画だけを考えると、その三船演じる松永のキャラクターが一人浮きすぎているような気もする。基本的には眞田と対比させられ、人生の岐路で少し違う方向に進んだだけの二人という黒澤映画に頻繁に見られる構図がここにも見られる。たとえば『野良犬』の若い刑事と犯人、『椿三十郎』の三十郎と室戸半兵衛などがその対置構造にあるが、この映画でも眞田のセリフにあるように松永は眞田の若いころに共通するものを持っている。それはつまり、松永をどうにかすれば自分くらいの一応の人間にはなれるという眞田の思いであり、その原因は環境にあると彼は考えている。しかし、同じ環境にあっても松永のようにならない人のほうが多く、『野良犬』ではむしろそこに焦点を当てているような気がする。

このことだけにとどまらず、この映画の黒澤は今ひとつ物語やテーマへの掘り下げ方が甘いような気がする。松永にセーラー服の純粋な少女を対比させるやり方も、一途な女としての千石規子の使い方も、あまりに定型的な設定で、黒澤にも若いころがあったのだという当たり前のことを思わせる。これにはおそらく脚本の影響もあるだろう。黒澤黄金時代の菊島隆三や小国英雄ではなく、この作品の共同脚本は植草圭之助、黒澤の幼馴染らしいが、今ひとつ黒澤とは意見が合わなかったらしく、協作はこの映画と『すばらしき日曜日』の2本にとどまっている。

若き三船の激しさと黒澤明の実験

三船の話に戻ると、三船の激しさはこの映画のなかで最も魅力的な面である。それを黒澤も見逃さず、ぎらぎらとした眼を繰り返しクロースアップで映画に挿入する。しかし、脚本はその三船の激しさを支えきれず、三船だけが突出してしまう。志村喬はそれを支えようと懸命だが、支えきれていないのが現実だ。つまりこの映画は物語としては三船を見ていればそれでよく、千石規子は蛇足であるということだ。

物語から少し離れると、音楽の使い方にこの映画の特徴が現れる。それが意識的であることは岡田の登場シーンが拳銃ではなくギターによるものであることからもわかる。音楽を使って画面の雰囲気を作りだしたり、緊迫感や恐怖感をあおるという手法が、いつごろ確立されたのかはわからないが、初のトーキー映画が作られたのは1927年、トーキーが普及したのは1930年代中ごろ。つまりこの映画はトーキー映画が確立してからそれほど時間のたってないころに作られた映画であり、この映画の音楽の使い方が世界的に見ても画期的であったことは想像に難くない。

それを思うのは、映画の冒頭でただのBGMかと思った曲が実際にギターを弾いている人がいるという設定であることだ。そして、通りに流れる音楽もどこかからもれ出るもの。そのようにして音楽が画面と常に結びついていて、ただの BGM というものはない。それは何か映画と音楽というものが必然的に結びついているものではないということを思い出させてくれる。 BGM という現実にはないものをいかにしてフィルムの上で成立させるのか、という繊細な意識がそこに働いている。

これは黒澤のひとつの実験性であり、実験性というのは黒澤映画の特徴のひとつである。若いからこそその実験性が表にあらわれ際立つが、以後も黒澤は実験をし続け、それが映画の新たな伝統となっていることも多い。『椿三十郎』のラストの決闘のシーンをあげさえすれば、それは明らかになるだろう。それまで日本映画では殺陣のシーンで血が噴出すなんてことはなかったし、ついでに言うならばきりつける「ズバッ」という音もしなかったのだから。

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