ポン・ジュノが作り上げるヒューマンなサスペンス『殺人の追憶』

ポン・ジュノが作り上げるヒューマンなサスペンス『殺人の追憶』

ポン・ジュノの長編2作目は80年代後半に実際に起った連続殺人事件を題材にしたサスペンス。ポン・ジュノはサスペンスフルな物語を展開しながらその下でヒューマンドラマを展開していく手法を確立していく。

映画『殺人の追憶』の概要

ソウルから程近い農村で殺人事件が起きる。その村の刑事パク・トゥマンは有力な情報がつかめない焦りから、村の少し頭の弱い青年を犯人に仕立て上げようとする。しかしソウルからやってきた捜査官ソ・テヨンは理論的に犯人を上げようとして、2人は対立する…

韓国で80年代後半に実際に起こった連続殺人事件を題材にポン・ジュノが撮ったサスペンス。刑事たちの心理描写が絶妙。

2003年,韓国,130分
監督:ポン・ジュノ
脚本:ポン・ジュノ、シム・ソンボ
撮影:キム・ヒョング
音楽:岩代太郎
出演:ソン・ガンホ、キム・サンギョン、パク・ヘイル、キム・レハ、ソン・ジェホ

20年さかのぼったの韓国の空気感が「いい」

連続殺人の犯人を追うサスペンスというとよくある題材だし、田舎に都会から腕利きの刑事が来るという設定もひとつのパターンとして存在する。だから、プロットという点では非常にオーソドックスで目新しさはないといっていい。しかし、この作品はいい。「いい」というと非常に曖昧だが、面白いとか楽しめるとかそういう表現よりも単に「いい」と言ったほうがピタリと来るような気がするのだ。

それはこの作品がエンターテインメントとして面白かったり、楽しめるというよりはいいところを突いた映画だからである。まず、この作品は時代設定を現代ではなく約20年前(今からだともう40年前か)においている。これはこの物語が事実に基づいており、実際にその事件が起きた年代に従ったからなわけだが、映画としてはそれを現在に置き換えてもいいものを置き換えずに置いたことが結果的にはそれが功を奏した。

20年前の韓国で起きていたことが映画の背景として描かれる、訓練と称して灯火管制がひかれたり、あちこちでデモが起きたりしている。それによってこのことがどこかで物語に大きな影響を与えるのではないかという予感を観客に抱かせるし、当時の人々のメンタリティというモノをうまく伝えもする。

そしてこの20年という時間は見えるものの違いも生む。現在の韓国を舞台とした映画を見ると、アジア的な雰囲気はあるものの舞台装置についてはハリウッドや日本の映画とほとんど変わりがない。しかし、この20年前という舞台を設定すると、そこに独特の雰囲気が生まれ、よくある題材をそれほど目新しいものではないプロットで描いてもどこか新鮮さを感じさせる。それはそこに映っているものにどこかで隔世の感を感じるからだ。オリエンタリズムが少しとノスタルジーが少し混ざった異世界に対する憧れ、それがこの映画に魅力を与えているのである。

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二人の刑事の関係が「いい」

そんな舞台装置によって作られた世界で展開されるのは、刑事の葛藤の物語である。拷問で犯人を自白させるのが当たり前だった刑事が都会の頭脳派の刑事と出会って覚える戸惑いと反発、犯人を追って行く過程で互いのやり方に理解を深めて行く心境の変化、そのような刑事の心理こそがこの物語の中心にある。観客は犯人を推理するというサスペンス、次の犯行の予感というスリルを味わいながら、刑事たちの人間ドラマを見る。

そしてその中心となる2人の刑事がまた「いい」のだ。2人の頭の中で展開される葛藤は行動となって現れ、観客に説明される。戸惑い、怒り、冷笑、羞恥、さまざまな感情が表れては消える。それがなんとも「いい」のである。演技がどうとかいうよりも、そのキャラクターが「いい」のだろう。その2人の人間ドラマとすることで、いわゆるクライムサスペンスとは異なる展開が可能になり、異なる結末が可能になった。その結末のあり方もまたなかなか「いい」。

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